かかれもの(改訂版)

本や写真、現代思想の点綴とした覚書

『第二の手、または引用の作業』相互注釈への案内文

 『第二の手、または引用の作業』(アントワーヌ・コンパニョン)は、第三期課程博士論文を底に刊行された、著者最初期の作品です。1979年にスイユ社(仏)から出版され、本邦では2010年に水声社「叢書言語の政治」の一冊として翻訳出版されました。

 文学理論と構造主義の折衷の流れを汲み、ロラン・バルトジュリア・クリステヴァらの強い影響を読み取ることができます。特に論文の執筆に際してクリステヴァが一貫して指導したという点は、本書の成立の背景として特筆されます。

第二の手、または引用の作業 (言語の政治)

第二の手、または引用の作業 (言語の政治)

 

 「テクストは引用の織物である」(ロラン・バルト

 私たちの言表行為は引用から成り立っています。しかし、引用という言語活動を分析しようとするやいなや、引用の意味はずらされ、手中から逃れ去ってしまいます。コンパニョンは引用の「二重性」を丹念に解きほぐすことで、超テクスト性の境位を明らかにしようと試みます。

引用を巡る四つのシーケンス

 コンパニョンは引用の様相を現象学記号学、系譜学、奇形学という四つの視点から整理します。

« 引用の現象学 »

 私たちが日常的に行っている引用の直接的な身振り、振るまいとしてのテクストの実践。書くこと、読むことの状況に置かれた主体に関する記述。つまり言表行為としての引用。全ての引用の基底。

« 引用の記号学 »

 引用の共時的な分析。引用が行われる言説、また引用の言表行為における意味の様式。パースの記号論を引用し、類型学的に形式化する。

« 引用の系譜学 »

 引用の通時的な分析。引用を巡る歴史的エピソードから、引用を類型化する。

(1)古代の修辞学

 アリストテレスからクインティリアヌスまで。引用の言説それ自体に弁証的な価値、論理学的な価値が認められていた時代。つまり相互注釈による「模倣ミメーシス」である。また、それに対するプラトンの弾劾を背景にする。

(2)教父学の注釈

 権威アウクトリタスとしての引用の時代。キリスト教解釈学の主唱者オリゲネス以降顕著となる引用の実践。

(3)近代的引用の出現

 印刷術の発展と共に現れた「エンブレム」としての引用(ラムス、エラスムス、モテ―ニュ)と、その批判(パスカル、アルノー、ニコル、マルブランショ)の時代。周縁記述ペリグラフィー=「枠」による相互注釈の抑制によって、書物の再構築が興る。

« 引用の奇形学 »

 現代における特異な引用の実践。引用は引用符号ギュメから解放される。引用は「連続したセリエル」反復(無限運動)の中の「徴候」としての価値、モンテーニュの実践とも形容される「エンブレム」に似た価値を持つに至る。

私たちが探究する「引用」とは何か(序より)

 本書は次のように始まります*1

 本書は特定の対象を持たない、というより、ひとつに特定化された対象を持たない。それは複数、少なくとも二つあり、本書はその二つの間を往復する。最初の女性を誘惑した蛇の舌と同じように、二つに裂けているのである。第一の対象は<引用>、ホッブスが料理を台無しにするクローブと許容した引用であり、第二の対象は<引用という作業>、自己所有化、あるいは、奪取、つまり、移動によって引用を差し押さえる力の行為である。すべては書くことエクリチュールそれ自体であり、このような力の発動である。すべては書物であり、このような移動である。 (・・・)あらゆるエクリチュールは注釈であり相互注釈であってあらゆる言表行為は反復である。これが本書の前提である。本書は、反復の単純な形式であり書物の端緒でもある引用を検証しようとするものである。

 『第二の手、または引用の作業』p.13 

 引用を巡る分析は二重化、複数化します。言説が反復するたびに、引用はその様相を変えて目の前に現れます。私たちはここから二重化、複数化した結論を導くことができるはずです。

目次(日本語訳)

シークェンスⅠ 引用、その本来の姿――引用の現象学
1 ハサミと糊壺
2 切除
3 アンダーライン
4 適応
5 誘惑
6 行為としての読書
7 ハサミを持った男
8 換喩による列聖
9 接木
10 再び書くこと
11 引用の作業
12 作業の力
13 引用の主体
14 悪いのはギヨームだ
15 摩擦クラッチ
16 動かす力

シークェンスⅡ 基本構造――引用の記号学
1 引用の位置
2 間ディスクール的反復の単純型
3 交換関係
4 引用が記号になる(記号になった引用)
5 内的促し〔内部引用〕
6 引用の意味作用と価値
7 再認、理解、解釈
8 反復価値の形作る星座
9 使用価値と交換の価値
10 意味と外示
11 真理と真正性
12 引用の二値的固有性
13 増幅

シークェンスⅢ 引用の前史――引用の系譜学(1)古代の修辞学
1 引用はラングの普遍的事実か?
2 形式と機能
3 意味場の分析
4 ギユメと〈ミメーシス〉
5 反復の力……
6 ……そして対話の濫用
7 シミュラークル
8 目を引くもの
9 〈良い〉引用?
10 レミニサンス対ロゴグラフィー
11 真なるものと真らしいもの
12 〈グノーメー〉または修辞的引用
13 〈グノーメー〉の発話戦略
14 精神と身体
15 〈センテンティア〉と感受性
16 ディスクールの見事な身体
17 《ウォクス》――憑依
18 ディスクールの内的制御

シークェンスⅣ 絶頂――引用の系譜学(2)神学ディスクール
1 モノグラフィー
2 引用の系統学
3 神学タイプライター
4 注釈すること
5 起源について
6 キリスト教のミドラーシュ?
7 一次テクストの状態
8 二つの聖書
9 意味の複数性
10 オリゲネスの工夫
11 キリストの二重性
12 神学の《ロゴス》
13 要約された言葉
14 物神フェティッシュ
15 主なシニフィアンとその結合関係
16 神学ディスクールの賦活
17 終わりのないディスクール
18 神学機械の非同期的制御
19 ディスクール連鎖
20 アウクトリタス
21 系列の終焉
22 困難に陥る主体
23 詐術
24 「口を広く開けよ、私はそれを満たそう」
25 つづく

シークェンスⅤ テクストの固定化――引用の系譜学(3)近代的引用の成立
1 動転するエクリチュール
2 物注釈は虚偽であるコメンタティオ、コメンテイティア
3 権威の危機
4 死語
5 テクストへの回帰
6 印刷されたページ
7 ギユメとイタリック
8 具体例の理性
9 エクリチュールの空間的モデル
10 活字
11 エンブレム
12 印刷者の商標
13 格言
14 エラスムスとホルバイン
15 歪像
16 引証と引用
17 モンテーニュの塔
18 モンテーニュのメダル
19 唯名論
20 記号の信用価値
21 全方位的引用
22 記憶障害
23 ペリゴールの午後
24 タイム!
25 尋問台の上のモンテーニュ
26 修辞学に取り込まれる
27 ナルシスへの教訓
28 エクリチュールの古典主義的制御、あるいは、ホメオスタシスとしてのテクスト
29 書物の周縁=周縁記述ペリグラフィー
30 題されたものアンテイテユレ資格を与えられたものアテイットレ
31 ビ(ブリ)オグラフィ
32 ダイアグラムまたはイメージ
33 正面に
34 前哨
35 殺菌消毒する溝
36 書物の始まりとエクリチュールの終わり
37 エクリチュールの天性
38 憑依、血肉化、所有

シークェンスⅥ 濁ったエクリチュール――引用の奇形学
1 完成した引用
2 エクリチュールの経済学
3 奇形学
4 祝宴
5 詰め込み
6 だまし絵
7 充足非理由
8 悪文
9 構造とセリー
10 気まぐれな引用
11 平坦化
12 間あいし
13 徴候
14 アンペール人形または精神の道化役
15 エクリチュールの空間

この尻尾はこの猫のものではないエスタ・コーダ・ノン・ディ・クエスト・ガット*2

目次(原書)

AVANT-PROPOS

SÉQUENCE Ⅰ. LA CITATION TELLE QU'EN ELLE-MÊME
1. Ciseaux et pot à colle
2. Ablation
3. Soulignement
4. Accommodation
5. Sollicitation
6. La lecture à l'œuvre
7. L'homme aux ciseaux
8. Une canonisation métonymique
9. Greffe
10. Récriture
11. Le travail de la citation
12. La force de travail
13. La sujet de la citation
14. La faute à Guillaume
15. Embrayage à friction
16. Mobilisation

SÉQUENCE Ⅱ. STRUCTURES ÉLÉMENTAIRES
1. Situations de la citation
2. La forme simple de la rèpètition interdiccursive
3. Une relation d'échange
4. La citationfait(e) signe
5. L'incitation
6. Signification et valeus de la citation
7. Reconnaissance, compréhension, interprétation
8. La constellation des valeurs de répétition
9. Valeur d'usage et valeur d'échange
10. Sens et dénotation
11. Vérité et authenticité
12. L'inhérence bivalente de la citation
13. « Amplification »

SÉQUENCE Ⅲ. LA PRÉHISTOIRE DE LA CITATION
1. Un fait de langue universal?
2. Forme et fonction
3. Analyse d'un champ sémantique
4. Le guillemet et la « mimésis »
5. Pouvoir de la répétition...
6. ... et abus du dialogue
7. Le simulacre
8. Donner à voir
9. Une « bonne » citation?
10. La réminiscence contre la logographie
11. La vrai et le vraisemblable
12. La « gnômé » ou la citation rhétorique
13. Stratégie énonciative de la « gnômé »
14. L'esprit et le corps
15. « Sententia » et sensibilité
16. Le corps merveilleux du discours
17. « Vox » : la possession
18. Une régulation interne du discours

SÉQUENCE Ⅳ. UN COMBLE, LE DISCOURS DE LA THÉOLOGIE
1. Une monographie
2. Une systématique de la citation
3. La machine à écrire theologale
4. Commenter
5. De l'origine
6. Un Midrash chrtéien?
7. État du texte premier
8. Les deux Écritures
9. Le pluriel des sens
10. L'astuce d'Origène
11. Le rouleau doux comme du miel
12. La duplicité de Christ
13. Le « Logos » théologal
14. Le Verbe abrégé
15. Le fétiche
16. Les signifiants majeurs et leur combinatoire
17. Second souffle du discours thoélogal
18. Un discours interminable?
19. La régulation asynchrone de la machine théologale
20. L'enchaînement des discours
21. L' « auctoritas »
22. Fin de série
23. Le sujet en porte à faux
24. L'imposture
25. « Ouvre ta bouche et je la remplirai »
26. A suivre

SÉQUENCE Ⅴ. L'IMMOBILISATION DU TEXTE
1. L'écriture dans tous ses états
2. « Commentationm, commentitia »
3. La crise d'autorité
4. La langue morte
5. Machine arriére
6. La page imprimée
7. Guillemets et italique
8. La rasion de I'exemple
9. Un modéle spatial de l'écriture
10. Le caractére mobile
11. L'embléme
12. La marque d'imprimeur
13. L'adge
14. Erasme et Holbein
15. L'anamorphose
16. Allégation et citation
17. La tour de Montaigne
18. Le jeton
19. Nominalisme
20. La valeur fiduciaire de signe
21. La citation tous azimuts
22. Troubles de mémoire
23. Les après-midi périgourdines
24. Pouce!
25. Montaigne sur la sellette
26. Reprise en main rhétorique
27. La leçon faite à Narcisse
28. La régulation classique de I'écriture ou le texte comme homéostat
29. La périgraphie
30. L'intitulé et I'attitré
31. La bi(bli)ographie
32. Diagramme ou image
33. En faaçade
34. L'avant-poste
35. La fosse aseptisante
36. Le commencement du livre et la fin de l'écriture
37. La vocation d'écriture
38. Possession, appropriation, propriéte

SÉQUENCE Ⅵ. L'ÉCRITURE BROUILLÉE
1. La citation achevée
2. Une économie de l'écriture
3. Tératologie
4. Festivités
5. Farcissure
6. Le trompe-l'œil
7. La déraison suffisante
8. La cacographie
9. Structure et série
10. La citation capricieuse
11. Le nivellement
12. La maculature
13. Le symptôme
14. Le bonhomme d'Ampére ou le spiritual histrion
15. Espaces d'écriture

QUEST CODA NON É DI QUESTO GATTO

*1:正確には次の3つのエピグラフ=注釈から始まります。

まず、作品と歌が完全にゼロから創造されうるなどとは誰も思わない。それらは常に、あらかじめ記憶という不動の現在のうちに与えられている。伝達されない新しい言葉などというものにいったい誰が関心を示すだろう。重要なのは言うことではなく、再び言うことであり、しかもその繰り返しのなかで、そのつど、初めて言うことなのである。

モーリス・ブランショ『終わりなき対話』

われわれにおいて、地球上で、おそらく宇宙において、いまだかつて言われたことがなかったものほど恐ろしいものはない。すべてのことがこれを限りにと最終的に言われた時になって初めて人は安らかになれるのだろう。その時になってやっと、人は静かになり、黙るということを怖がらずにすむ、これでよし、というわけだ。

セリーヌ『夜の果てへの旅』

昔のように筆写すること。

ギュスターヴ・フローベールブヴァールとペキュシェ

*2:訳書注「イタリア語の諺で、初めと終わりが一致しない、話が違うの意」