かかれもの(改訂版)

本や写真、現代思想の点綴とした覚書

書誌におけるパラテクスト/ジュネットの『スイユ』について

『スイユ』における不完全なパラテクスト一覧表

 ジュラール・ジュネットは超テクスト性の一タイプ「パラテクスト」について、『スイユ : テクストから書物へ』に集成しました。同書はパラテクストの一覧表を作ることを目指したとされるものの、実際にはその不完全さを複数指摘することができます。これについてはジュネット自身が同書中で弁明していますが、原因は自身の力不足とみなし、深くは追究されていません。

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 『スイユ』におけるパラテクストの列挙は、書物の一般的な構成に従っている、と説明されています。作者名、タイトル、紹介寸評、エピテクスト……といった具合です。このジュネットが馴染んだ書物の形態に従ってテクストを配置をするというのは、メディアが多様化しつつある世界に対して相応しくない方法論だったのではないでしょうか。一覧表が不完全になった原因の一つは書誌的な観点(≠通時的な観点)が欠けていたことではないか、というのが私見です。

LRMにおけるパラテクストの位置づけ

 IFRAが提唱する書誌情報を管理する概念モデルLRM*1を援用することで、ジュネットが対象としたパラテクストを書誌的に位置付けることができます(一般的な日本語訳とは異なるため、原語を併記)。

 書物*2を書誌的に分解すると「制作」(Work)、「表現」(Expression)、「顕現」(Manifestation)、「資料」(Item)の4つの構成要素(Entity)に分けることができます。これら4つの構成要素は関係(Relationship)を持っています。「制作」が実現(realize)することで「表現」され、「表現」が具現(embody)することで「顕現」し、またその例示(exemplify)が「資料」となります。

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IFLA Library Reference ModelにおけるER図

 この4つの構成要素における一つのポイントは「表現」と「顕現」の関係を通すことで、物理的な書物が生じるということです。「制作」から「表現」までは書物成立以前の、作者と出版社が強く影響を与える領域、「顕現」から「資料」は書物成立以降の、図書館や書店、読者が強く影響を与える領域と言えます。

 『スイユ』で対象としていたパラテクストの正体は何か。端的に言うならそれは、実現(realize)と具現(embody)の関係から生じたテクスト的現象です。著者と出版社(印刷所)が担う書物成立における本文の周辺を探索しているのです。

 一方、例示(exemplify)によって生じるテクスト的現象については一切触れられません。書物が読者に渡った後に生じるパラテクストはその範疇から除外されているのです。ここでいう読者とは、本屋や図書館といった、例示された書物を所有する広義な読者も含んでいます。

読者によるパラテクスト

 『スイユ』がその範疇から除外したパラテクストの区分は、読者によるパラテクスト(「顕現」と「資料」の関係=例示)です。ジュネットは読者の存在が書物に対して影響を与えるとは想定していなかったのでしょうか。

 広義の読者である本屋や図書館における本の取り扱いは今や重要なパラテクストです。本棚にどのように並べるか、どのようなコーナーを設けるかといった排架は、人々をその本への導く役割を担っています。狭義の読者、ある一人の読者の本の取り扱いが、その本にどのような効果を及ぼすかはまだ明らかではありません。しかし、Webにおける個人の書評が本の売れ行きに関わるなど、徐々に影響力を増しています。今後重要なパラテクストとして扱われる可能性を持っていると言えるでしょう。

*1:IFLA Library Reference Model A Conceptual Model for Bibliographic Information(https://www.ifla.org/wp-content/uploads/2019/05/assets/cataloguing/frbr-lrm/ifla-lrm-august-2017.pdf

*2:LRMを援用するなら「情報源」といった広汎な表現をすべきですが、ここでは便宜的に「書物」と表しています