かかれもの(改訂版)

本や写真、現代思想の点綴とした覚書

『パランプセスト : 第二次の文学』関係性の読書への誘い

 『パランプセスト : 第二次の文学』(ジェラール・ジュネット*1は、超テクスト性三部作の第二作目に位置付けられます。ジュネットの手によって結実した文学理論の成果と言えるでしょう。80章からなるこの浩瀚な書物では、テクストの変形・模倣という(あまりにも)ありふれた文学的活動を俎上に載せ、文字の上に重ねられた文字(=パランプセスト)という、未踏でありながら馴染み深い大陸へと、私たちを案内します。

 さて、本書の道程はこのように示されます。まず、探究の対象についてのオリエンテーション(1-5章)。次にこの巨大な大陸で迷わないための地図が渡されます。曖昧な点を含みつつ、6つの領土に区分されることが見てとれるでしょう(6-7章)。その後、私たちの理解に配慮しつつ各領土の調査報告が述べられます。前半は「パロディ」後半は「転移」へ、徐々に明瞭な対象から不明瞭な対象に移行します(8-77章)。そして、この大陸全体を俯瞰することで、超テクスト性への問いを深めます。ジュネットはこの問いを手がかりに、新たな道筋を示してくれることでしょう(78-80章)。

 ロビンソン・クルーソーは、パランプセスト的読書 lecture palimpsestueuse へと誘います。この大陸は今なお、そしてこれからも、一冊の《書物》として私たちを待ち構えているのです。

パランプセスト―第二次の文学 (叢書 記号学的実践)

パランプセスト―第二次の文学 (叢書 記号学的実践)

 

はじめに

探求の対象(1~2章)

 テクストは五つのタイプの超テクスト性を備えている。相互テクスト性、パラテクスト、メタテクスト性、イペルテクスト性、アルシテクスト性である。本書が主に対象とするのはイペルテクスト性である。

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 イペルテクスト的実践の代表例として、『アイネーイス』『ユリシーズ』が挙げられる。これらの作品は『オデュッセイア』の筋を基にしたことで知られている。つまり『オデュッセイア』はイポテクスト hypo texte であり、『アイネーイス』『ユリシーズ』はイペルテクスト hypertexte である。

 では『アイネーイス』と『ユリシーズ』が行った文学的操作は同じものだろうか。こういった先行テクストと後続テクストについて、その関係性の次元を探究するのが本書の目的である。

 本書は正式なイペルテクスト(全体的で明瞭な実践)から始め、次いで正式でないイペルテクスト(部分的であったり、不明瞭なもの)へと向かう。*2

パロディの歴史(3~5章)

 パロディとは何か。初期の文献であるアリストテレスの『詩学』の定義から振り返る。アリストテレスは作品内容の社会的品位の水準と、語りの様式によって、ジャンルを四分類する(悲劇/叙事詩/喜劇/パロディ)。この内の一つがパロディである。しかし、正当な文学ジャンルとして認められないかのように、具体的な作品名が挙げられず、深い考察から外されている。*3

 その後「パロディ」はより広範な意味として一般に定着することになる。特に点的な装飾として、修辞学の一技法として捉えられた。詩句の一部や、歴史的な言葉、諺といった短いテクストを変形させる操作のことを、今でも「パロディ」と呼称することが多い。

イペルテクスト的実践の総合的一覧表(6~7章)

 アリストテレスの『詩学』以降のパロディの歴史を整理した上で、文学の古典的な一般的公準を表1のように図式化する。

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 また、現代におけるパロディの一般的な受容については表2のように示すことができる。

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 以上の分類によって考察を進めた場合、用語に混乱が生じることは明らかである。これを回避するために、ジュネットは次のように構造的な定義を提案する。

 最小の変形を伴ったテクストの逸脱をパロディ parodie 、品位を低下させる風刺的機能をもった文体上の変形を戯作 travestissement 、風刺的なパスティシュを風刺 charge 、風刺的機能を欠いた文体の模倣をパスティシュ pastiche 。そして、最初の二つを変形 transformation の関係、残り二つを模倣 imitation の関係として表すことができる。

 以上で構造的な整理はできた。しかし、考察を進めるには十分な形になっていない。より正確な分類が行えるように、風刺的/遊戯的/真面目という三つに体制に分ける(真面目な変形である転移 transposition と 真面目な模倣である偽作 forgerie が加えられる)。

 かくして、イペルテクストの領土を探検してまわるための地図が完成した(表6)。

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変形(パロディ・戯作)

いくつかのパロディ(8~11章)

 幾つかのイペルテクスト的実践について述べられる。特にシュルレアリスム運動の流れから生まれたウリポ*4の言語実践が挙げられる。

ビュレスクな戯作と現代の戯作(12~13章)

 戯作について述べられる。戯作とは現在化の一種であり、一時的、過渡的なものに過ぎない。つまり月日の経過によって現在性、有効性を失うことと表裏一体である。

模倣(風刺・パスティシュ・偽作)

模倣に関する前置き(14章~16章)

 模倣の効果と性質について述べられる。模倣は「~イズム」の言い換えとして表すことができる。風刺・パスティシュ・偽作の体制を区分する前に、模倣のあらゆる点的な特徴をミメチスム mimétisme 、模倣的テクストを mimotexte と呼ぶことを提案する。

 パスティシュとは遊戯的体制の模倣であり、その支配的機能は純粋な気晴らしである。風刺とは風刺的体制の模倣であり、その支配的機能は嘲弄である。偽作とは真面目な体制の模倣であり、その支配的機能は先行する文学的遂行の継続ないし拡大である。

風刺とパスティシュ(17~26章)

 風刺とパスティシュについて述べられる。これらの体制を明確に区分することは困難であることが示される。

偽作における継ぎ足し(27~38章)

 偽作について述べられる。特に偽作において特徴的な「継ぎ足し」の歴史が述べられる。継ぎ足しの例として、連作的な継ぎ足し、不忠実な継ぎ足し、破壊的な継ぎ足し、補遺、続き、エピローグといった実践が挙げられる。

ジャンルの再活性化としての模倣(39章)

 模倣は明白にジャンルの伝統と結び付けられる。ジャンルは時代的な現象であり、歴史的な情況を伴う。また、往々にして成功の流れへの便乗(「二匹目のドジョウ」)によって進展する。

 模倣の実践は脈々と受け継がれるジャンルを継承することに限定されない。つまり、人々に見捨てられたジャンルを数世紀を経て一人の作者が蘇らせることもあるからだ。

変形(転移)

転移に関する前置き(40章)

 転移の実践は歴史的重要性においても、美的達成度の点からも、イペルテクスト的実践でもっとも重要である。他の実践(パロディ、戯作、パスティシュ、風刺、偽作)はいずれも機械的原理や機能上の変換の結果から生まれたものである。また短いテクストを対象とすることが大半である。転移に関しては『ファウスト』や『ユリシーズ』のような大規模な作品として実践される。

 転移に関しては内的範疇化(下位分類)を形式的転移、そして意味的転移の順で検討を進める。この順序は重要性(変形によるイポテクストの意味への介入度の強さ)が次第に大きくなるように並べている。ただし、その分類基準は曖昧である。

形式的転移(41章~60章)

 形式的転移の内的範疇化と、その実践作品が述べられる。

  • 翻訳
  • 韻文化 versification 、散文化 prosification
  • 韻律変換 transmétrisation
  • 拡大 augmentation 、縮小 réduction
  • 相互様式変換 transformation intermodale 、様式内変換 transformation intramodale

意味的転移(61章~77章)

 意味的転移の内的範疇化と、その実践作品が述べられる。

  • 物語世界的転移、語用論的転移
  • 動機変換 transmotivation
  • 価値変換 transvalorisation
  • 補遺 supplément

終わりに

許容しえないイペルテクスト(78章)

 この先に探求すべきことは明らかである。未知のイポテクストをもったイペルテクスト。このテクストは記述不可能な、確定不可能なイペルテクストである。この許容しえないイペルテクストへ通じる一つの道、それは虚構のイポテクスト、疑似イポテクスト pseudhypotexte である。

イペル美学的実践(79章)

 イペルテクスト的実践は美学の領域へ広がる。絵画、音楽、演劇における実践の一部を示す。

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モナ・リザレオナルド・ダ・ヴィンチ

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LHOOQ(マルセル・デュシャン

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モナ・ダリ(フィリップ・ハルスマン)

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三十は一よりまし(アンディ・ウォーホル


Gallo Trio Sonata No.1 in G major


Stravinsky: Pulcinella (complete)

終わり――パランプセスト的読書(80章) 

 イペルテクスト性とは何か、超テクスト性とは何か。再び問う。

 あなたがもし本当にテクストが好きなら、二つのテクストを同時に愛することを、時にはどうしても望むはずだろう。倒錯的な――イペルテクスト的読書を。

目次

第一章   五つのタイプの超テクスト性と、その一つとしてのイペルテクスト性
第二章   いくつかの前置き
第三章   アリストテレースにおける《パローイディアー》
第四章   パロディの誕生?
第五章   文彩としてのパロディ
第六章   一般的公準ウルガータ)の作成
第七章   イペルテクスト的実践の総合的一覧表
第八章   短いパロディ
第九章   ウリポの遊戯
第十章   『言い換えれば』
第十一章  『毎秒六百八十一万リットルの水』

第十二章  ビュルレスクな戯作
第十三章  現代の戯作

第十四章  文彩としての模倣
第十五章  テクストの直接的模倣は不可能であること
第十六章  ミモテクストにおける困難な体制の区別
第十七章  風刺
第十八章  パスティシュ
第十九章  プルーストによるフローベール
第二十章  パスティシュの変奏
第二十一章 自己パスティシュ
第二十二章 虚構のパスティシュ
第二十三章 英雄滑稽詩
第二十四章 混合的パロディ
第二十五章 反小説
第二十六章 『ボギー、俺も男だ』

第二十七章 『魂の狩り』
第二十八章 継ぎ足し
第二十九章 マリヤンヌの結末、ジャコブの結末
第三十章   『ラミエル完結篇』
第三十一章 連作的な継ぎ足し
第三十二章 『アイネーイス』、『テレマックの冒険』
第三十三章 「アンドロマケー、私はあなたを思う」
第三十四章 不忠実な継ぎ足し
第三十五章 破壊的な継ぎ足し
第三十六章 『不在の騎士』
第三十七章 補遺
第三十八章 続き、エピローグ、『ワイマールのロッテ』
第三十九章 ジャンルの再活性化

第四十章  転移
第四十一章 翻訳
第四十二章 韻文化
第四十三章 散文化
第四十四章 韻律変換
第四十五章 文体変換
第四十六章 量的変形
第四十七章 切除
第四十八章 簡潔化
第四十九章 凝縮
第五十章  ダイジェスト
第五十一章 プルーストからシェイケヴィッチ夫人へ
第五十二章 ボルヘスにおける擬似要約
第五十三章 拡張
第五十四章 膨張
第五十五章 増幅
第五十六章 曖昧な実践
第五十七章 相互様式的な様式変換
第五十八章 ラフォルグの『ハムレット
第五十九章 様式内の様式変換
第六十章  『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』
第六十一章 物語世界的転移――まずは性から
第六十二章 近接化
第六十三章 語用論的変形
第六十四章 『ドン・キホーテ』の作者ウナムーノ
第六十五章 動機化
第六十六章 脱動機化
第六十七章 動機変換
第六十八章 ヘレネー礼讃
第六十九章 二次的価値化
第七十章  一次的価値化
第七十一章 脱価値化
第七十二章 『マクベト』
第七十三章 『テレマックの冒険』の作者アラゴン
第七十四章 『オデュッセイアの誕生』
第七十五章 価値変換
第七十六章 『ペンテシレイア』
第七十七章 新しい補遺
第七十八章 形容しえないイペルテクスト
第七十九章 イペル美学実践
第八十章  終わり

*1:Palimpsests: Literature in the Second Degree,1982

*2:ジュネットは当初、正式なイペルテクストのみを研究の対象にしようと試みたが、結果的に探求の範囲をはるか遠方にまで広げてゆかなければならなかったという。

*3:これについては『アルシテクスト序説』に詳しい

*4:潜在的文学工房 Ouvroir de Littérature Potentielle(Oulipo)